年末の風物詩「第九」は産業に影響を与えた?

(2019/12/19)

あっという間に年末ですね。

 

そんな年末の風物詩といえば、ベートーヴェンの「第九」

クラシック音楽に詳しくない方でも、「第九」の合唱を一度は耳にしたことがあるでしょう。

日本ほど「年の瀬=第九」の図式が成り立っている国も珍しく、

本場ヨーロッパでは、ヘンデル作曲の「メサイア」が演奏されることが多いのだとか。

 

 

 

 

 

 

これはあくまで私の感覚ですが、20~30年くらい前と比べると、

今はそこまで「第九」「第九」と騒がれなくなっているような気がするのですが、

それでも、あの力強い合唱を聴くと

今年もよく頑張ったな~、と自分を労う気持ち(笑)と、

新年も頑張ろう、と元気づけられるような思いを感じます。

 

今回は、そんな200年近くも愛されている「第九」

その後の産業に与えた影響について

ちょっとだけお話しします。

(堅苦しくありませんので是非おつきあいください

 

 

■そもそも何故「第九」が師走の日本に広まったのか?

 

ベートーヴェンの「第九(交響曲第9番)」が日本で初めて演奏されたのは、1918年。

第一次世界大戦の真っただ中、約1,000人ものドイツ人捕虜が収容されていた、

徳島県板東町(現在の鳴門市)の「板東俘虜収容所」でした。

所長の松江氏は、捕虜と地元の人々との交流など、捕虜に対して人道的な処遇をとっており、

そういった活動の一環として

楽器演奏ができる捕虜たちによって、演奏が行われたのが最初だと言われています。


画像:鳴門市公式ウェブサイトより


 

 

 

 

 

 

 

その後、太平洋戦争開戦直前の1938年12月、

新交響楽団(現在のNHK交響楽団)によって歌舞伎座で「第九」が演奏されました。

さらに1940年12月、同楽団がラジオの生放送で「第九」を披露。

これをきっかけに、日本中のオーケストラが

年末になると「第九」を演奏するようになったのだと言われています。

さらにさらに、太平洋戦争真っ最中の1943年12月、

東京音楽学校(現在の東京芸術大学)での学徒壮行音楽会での「第九」演奏、

終戦後の1947年12月には、日本交響楽団(現在のNHK交響楽団)による

3夜連続の「第九」コンサートの開催などもきっかけとなったそうです。

 

興業面での理由も見逃せません。

すでに人気演目になっていた「第九」ですから、お客様は集められるでしょう。

ましてやこの演目は、オーケストラだけでなく合唱団も出演するので、

関係者や友人などが多く入ってくれて収益につながる、とも考えられていたようですよ。

 

 

■レコードからCDの時代へ

 

1980年頃の話になりますが、

CDの記録時間「74分」というのは、

ベートーヴェンの「第九」が収まる時間として決められたというのは

よく知られた話ですよね。

 

 

 

 

 

 

実はこの時、60分にするか74分にするか、

2つの会社で論争が起きていたのです。

両社の戦略の違いが面白かったので、少しご紹介したいと思います。

 

2社というのは、オランダのフィリップス社と、日本のソニー社

フィリップス社は、直径11.5cm、記録時間60分のCDを、

ソニー社は、直径12cm、記録時間75分(正確には74分42秒)を提案。

それぞれの提案には、次のような根拠がありました。

 

【フィリップス社の提案根拠】

・直径11.5cmというのは、当時普及していたカセットテープの対角線の長さと一致する。

・これは、ドイツの工業品の標準規格である「DIN規格」に適合するサイズである。

・すなわち、ヨーロッパの市場でのカー・オーディオとしての将来性を見込んだサイズなのである。

 

 

 

 

 

 

 

【ソニー社の提案根拠】

オペラの幕が途中で切れない長さにすべきだ。

・ベートーヴェンの「第九」も収まる容量にしなくてはいけない。

・75分あれば、クラシック音楽の95%以上の曲はCD1枚に収めることができる。


画像:新国立劇場公式ウェブサイトより


 

 

 

 

 

 

 

・・・どうですか?面白いですよね。

規格、ルールを重んじて、ハード面から販売戦略を立てたフィリップス社と、

ユーザー目線に立ち、ソフト面から戦略を立てたソニー社

 

しかも、自らも音楽家だった、当時ソニーの開発者で副社長の大賀典雄氏は、

ソニー自前のソフトウェア会社、CBS・ソニーレコード社の社長も兼任していました。

この目線、戦略は自然なことだったのかもしれませんね。

 

ソニー社の提案を後押ししたのが、

この開発会議に招かれていた有名な指揮者、

ヘルベルト・フォン・カラヤンだったそうです。

音楽家であるカラヤンは、ソニー社の提案を支持し、

結果的にCDの記録時間は74分と定められました。

 

なぜここでいきなり「第九」が基準としてフォーカスされたのかは置いておいて、

実は、

カラヤン自身が指揮する「第九」はほとんどが60分前後だというのです。

74分というのは1951年に録音された、

フルトヴェングラーが指揮するバイロイト祝祭管弦楽団による演奏によるもの。

 

指揮者の解釈によって、同じ曲でもここまでテンポが違うものなのですね。

このあたりの話は、また次の機会にご紹介したいと思います。

 

合唱付きの第4楽章が何と言っても有名な「第九」

ですが、歌の冒頭では第1から第3楽章を打ち消して、

「このような音ではだめだ、歓喜に満ちた歌を歌おう!」と、

新しい時代へ向かおうとしているんです。

 

令和という新時代の年末年始、せっかくなので、

74分間の壮大な「第九」をフルで味わえるような時間を持ちたいものですね。

 

 

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